農業の未来をAIで変える ー 社会課題に挑むヤンマーのスマート農業

農業の未来をAIで変える ー 社会課題に挑むヤンマーのスマート農業

この記事のポイント

  • これまで農家の熟練の技が必須だった農業がAIの力でどのように変革するのか
  • 農業機器最大手メーカーだったヤンマーはなぜソフトウェア企業に変革しているのか
  • 現場の一次データを分析してモデルを作れるからこそのおもしろさとは
奥山 博史

奥山 博史

ヤンマーホールディングス株式会社

  • 取締役
  • チーフデジタルオフィサー(CDO)

住友商事㈱化学品部門、スイスの化学品会社にてCFO、ボストンコンサルティンググループを経てヤンマー入社。本社で経営企画・マーケティングに携わった後、建設機械事業を率いたのち、2022年6月より現職。東京大学理学修士、コロンビア大学経営学修士(MBA)

summary

日本の基幹産業であり、私たちの食卓に不可欠な農業は、現在、従事者の高齢化や減少、耕作放棄地の増加など、多くの課題を抱えています。この状況に対し、AIやITといった先端技術を活用した「スマート農業」が、持続可能な農業の実現に向けた重要な鍵として注目されています。

本セッションでは、AIとITが農業の未来をどのように変革していくのか、ヤンマーがどのような取り組みを進めているのかについて、詳しくお話を伺いました。

登壇者:奥山 博史氏(ヤンマーホールディングス 取締役 CDO)

化学の研究者から総合商社、海外での経営経験、そしてコンサルティングファームを経てヤンマーに入社した奥山氏。経営企画やマーケティング、建設機械事業部門の社長を歴任後、2022年より現職に就任し、ヤンマーのデジタルトランスフォーメーションを推進しています。歴史や遺跡、宗教建築を巡る旅を趣味とし、140カ国以上を訪問。

日本の農業が抱える課題とスマート農業への期待

日本の農業が直面する深刻な課題として、農業人口と農家数の減少、農地面積の縮小、低い食料自給率、そして新規参入の難しさがあります。このまま放置すれば、食料安全保障の観点からも危機的な状況を招きかねません。

こうした課題を解決する糸口として、省人化や省力化、そして誰もが容易に農業に取り組める環境の実現に貢献するスマート農業、特にAI活用の重要性が強調されました。データに基づいた精密な農業への転換は、これらの課題克服への大きな期待を集めています。

ヤンマーのミッションとスマート農業への取り組み

創業113年を迎えるヤンマーは、「食料生産」と「エネルギー変換」の分野で、テクノロジーを軸に社会に貢献することを使命としています。ディーゼルエンジンの小型化を世界で初めて成功させた創業者の精神を受け継ぎ、現在は農業機械、船舶、建設機械、エネルギーシステムなど多岐にわたる事業を展開。脱炭素社会の実現に向け、電動農業機械の開発も積極的に進めています。

農業分野においては、ロボットトラクターやオートトラクターといった自動化・省力化機械の開発・販売に加え、AIを活用した様々なソリューションを提供しています。

営農スマートガイド

作物の写真撮影や質問応答により、専門知識を持つAIが病害虫の診断や栽培管理のアドバイスを提供。

生育情報表示アプリ

過去の気象データや生育データをAIが分析し、収穫時期や収量を予測。

画像認識による品質評価

果物の熟度や野菜の等級をAIが画像解析により判定し、誰でも客観的な判断を可能に。

精密施肥

衛星やドローンで撮影した圃場画像をAIが解析し、肥料成分の過不足を可視化。その情報をトラクターに連携させ、必要な量の肥料を自動で散布することで、コスト削減と収量向上、環境負荷低減に貢献。

さらに、ヤンマーは再生型農業とソーラーシェアリング、そして農福連携を組み合わせた複合的な取り組みも推進。環境負荷を低減し、再生可能エネルギーを活用しながら、地域社会の活性化にも貢献する新たな農業の形を目指しています。この取り組みにおいては、ヤンマー自身が農業を行うことで、様々なデータを取得し、農業のデジタルツインを構築。シミュレーションによる最適化や、収量向上、CO2排出量削減を目指しています。

AI・ITを活用した農業の面白さと難しさ

製造業であるヤンマーにおいて、AI・ITを活用することの面白さとして、現場データという他社にはない独自のデータを分析し、その結果を自社の機械や圃場で迅速に実証実験し、改善のループを回せる点が挙げられました。

一方、難しさとしては、多様な環境下でのAI推論精度の向上、少量データからの高精度な予測、そして熟練者の暗黙知をAIに学習させ、非熟練者に伝達する技術などがあります。

q&a

Q1

今後の農業業界では、生物・農業系専攻の学生と工学・情報系の学生、どちらがより活躍できるとお考えでしょうか?

ズバリ言うと両方です。データサイエンティストとして活躍したい情報系専攻の方も、農業や土壌、農業経済に興味のある生物農業系の方も、それぞれの強みを活かして活躍できる土壌がヤンマーにはあります。どちらの分野の方でも、社会課題の解決に情熱を持って取り組んでいただける方であれば、分野は問いません。

Q2

ご紹介いただいたスマート農業分野の技術開発・社会実装に関わる業務について、ヤンマーさんでは新入社員は入社後何年目ぐらいから携わるチャンスがあるのでしょうか?その際どの程度の裁量を持って取り組むことができるのか併せて教えていただきたいです。

端的に言うと1年目から携われるチャンスがあります。実際に、入社2年目の社員が私の海外出張に同行したり、早い段階で現場に行ってヒントを得たり、実証実験の結果を見ることも可能です。ヤンマーはオーナー企業であり、比較的若手から自分の裁量で動くことができ、3-4年目くらいでプロジェクトリーダーを任される例もあります。

Q3

奥山さんご自身のキャリアについてのご質問です。なぜファーストキャリアに総合商社を選択されたのか。というところと商社、MBAの学習期間、コンサルというキャリアを通して今に繋がったこと(得られた能力・スキル)などを伺いたいです。

マスターまで化学を専攻しましたが、アカデミックではなく、まずは、よりダイレクトに社会貢献が目にみえる分野に行きたいと考え総合商社を選びました。商社では、最初は化学品の営業を担当しお客様のニーズを様々な手段で知り、それに応えるという基本的な姿勢を学びました。その後、MBAやスイスの会社でCFO経験、コンサルティング経験を通して、個々のスキルというよりは、マーケティング、財務、デジタル、戦略といった知識を複合的にバランスよく得られたことが、私の強みになっていると感じています。どこかひとつのスキルが突き抜けて勝負するタイプとジェネラリストタイプとあるが経営に携わる場合は後者での価値の出し方はあるのではないかと思います。

Q4

最近、米の価格上昇が社会問題になっています。どんな解決策を考えていらっしゃるか?

米の価格上昇の背景には、過去の減反政策や中山間地の生産性低下による耕作放棄地の増加があります。ヤンマーが取り組む環境再生型農業とソーラーシェアリングの組み合わせは、中山間地での農業を活性化させ、耕作放棄地の減少に繋がり、結果として米の価格上昇を抑制する効果が期待できます。

Q5

農業の問題の中で、自社の技術や事業で解決できる部分と、他のステークホルダーの協力が必要だと考えてること、それから、特に技術の社会実装に関する部分ではどんな連携で進めているのか教えてください。

全ての技術を自社だけで開発することは難しいため、センサーやレンズの会社、解析技術を持つ会社など、様々な企業と戦略的に提携しています。環境再生型農業とソーラーシェアリングの取り組みでは、小売業者や農業技術を持つ企業、農業人材育成を行う企業などと連携し、エコシステムを構築していく予定です。

Q6

生物系の専攻で現在データサイエンスを独学しています。ヤンマーではどんな活躍が見込まれるでしょうか?

生物系のご専門知識とデータサイエンスのスキルを組み合わせることで、ヤンマーのアグリ事業分野において、AIを使った分析や最適化、農業のデジタルツイン化などで活躍していただけると期待しています。独学で学んだ知識に加え、社内の専門家との協力や、実際にヤンマーが持つ農地や農業機械を活用することで、より実践的なスキルを習得し、活躍の場を広げられると思います。

Q7

スマート農業を進めていく中で、人が農業に関わる必要はあるのでしょうか、どこに人が関わる余地が残るのでしょうか?

100年後、200年後は完全自動化された農業が実現するかもしれませんが、現状では、様々なインプット情報を収集し、農業をデジタルツイン化するだけでも高いハードルがあります。また、農作業自体は物理的な作業が伴うため、ロボティクスや自動化によって人の関与は減るでしょうが、完全自動化は難しいと考えています。皆さんの世代であれば、まだまだ人が農業に関わる必要性は十分にあると思います。